転職の先に見つけた幸せ!わらしべナースとは一体何者?

めんそーれー。

初めまして、わらしべナースです(^^)

私は沖縄出身、沖縄大好き、沖縄で看護師しています。わらしべナースといいます。

私のブログを読んでいただきありがとう御座います。

自己紹介しますね。

わらしべ診療所

 

今までいろんな理由があり、少し恥ずかしいような気もして、公言していませんでしたが、、、

 

 

実は、37歳で転職歴七回の経験をもつ看護師です。

看護師

 

お恥ずかしながら、一つの病院で長くは続かなかったんです(T_T)

理由はさまざまです。

 

「有給が取れない、休みたい、きつい」

「私も連休とって友達と旅行に行きたいよ、、」

「今日休んだら、みんなに迷惑かかるから休んじゃだめだ、、、」

「みんなのように5年、10年と同じ場所で働けない私はだめな看護師だ」

「人生短いから、いろんな経験したい。看護師以外もやってみたい」

「気軽に話せる人がいない。意見も言いにくい。もっと人間関係のいい職場に行きたい」

「夜勤が辛い、体調もすぐれないし、でも言えない、、、」

「辞めたいって言ったら、意地悪されるのかな」

「毎日毎日仕事のこと考えているな。。」

「あの土地で働いてみたい、生活してみたい」

「もっと綺麗な、大きな病院で働いてみたい」

 

 

看護師として働く日々の中で、

「自分は本当にこれでいいのだろうか」

と自問自答していました。

 

看護師の気持ち

 

 

悩みながら、自分にとって心地いい生活、働きやすい場所を探し求めた結果。

転職を繰り返し、自分の心のままに行動していました。

 

そして気がついたら、、、、、7回も転職していたのです。

 

でも、不思議なことにいい環境を求めて、楽しいことを求めて、働きやすい場所を探し続けた結果。

どんどん仕事もプライベートも充実していきました。

 

自分に自信がなくて、劣等感を持っていた私は、行動することによって徐々に自分のことが好きになってきました。

 

 

そして、七回目の転職先で医師をしていた旦那さんと出会い、結婚しました。

 

わらしべナース結婚

 

今は育児と家事と看護師のとっても忙しい日々を送っています(*^^*)

 

旦那さんは今開業し、沖縄のとある町で診療所をしています。

わらしべ診療所

 

私は将来、旦那さんの診療所のサポートができるように、看護師としてもっと勉強したいと思い、結婚前から勤めていた病院で、外来看護師をしています。

 

家事も中途半端なことが多いのですが(笑)

 

やりたいことをさせてくれる旦那さんと、育児をサポートしてくれる両親や家族にとても感謝しています。

 

看護師の癒やし

 

そんな私が、、、、、

悩みを師長に相談できない看護師さん、

転職する勇気がない看護師さん

辛いこと誰にも相談できずに悩んでいる看護師さん

夜勤がきつくて体力的にも精神的にも辛い看護師さん

怖いお局がいて辞めたいけど怖くて言えない看護師さんなど、

 

いつかの自分と同じ悩みを持つ看護師さんたちに、私がなにかできることはないかと思いこの「転職に踏み切れない看護師に寄り添う相談室」を作りました。

 

ここには日本中から、モヤモヤした悩みを抱えた、前に進むために、背中を押して欲しい看護師さんたちから転職に関する相談が寄せられます。

 

看護師のお休み

 

自分に自信がなくて、

仕事も続かなくて、

悩みながら、自分の居場所を探し続けた結果、

私は今、働いても働かなくてもいい環境で、好きな場所で働けて、私の周りの人間もみんな素敵な人に囲まれて生きています。

苦しい

しんどい

辞めたい

行きたくない

この「SOS」は「私の幸せはここじゃないよ、あっちだよ」と教えてくれる、心の羅針盤だったのです。

看護師の悩み

 

看護師さんは特殊な環境に身をおいています。「病院」という一つの組織の中で、大きいようでとても小さな世界の中で生きています。

 

夜勤に行く前は、死ぬ気で朝まで守るぞ!!と「戦士」のような気分でした。

体調が悪くても、休めない。

熱があれば解熱剤飲んで、点滴して仕事へ。

飲みに行けば、ストレス発散で飲みすぎて二日酔い、なんでこんなことになったんだろう。

「辞めたいです」といえば、引き止められる。

「次に行っても使い物にならない」と脅される。

入職よりも、退職することが難しい、特殊な世界。

 

私は看護師以外の職種の人に

 

「看護師ってそんなに辞めにくいの?休みにくいの?かわいそう、変わった世界だね」と言われてハッと気が付きました。

 

看護師の私にとって当たり前のルールは、逆に特殊だったのかと。

そんなに看護師の世界のルールにとらわれる必要はないと思いました。

 

看護師の世界

 

仕事を辞めることや、お休みをいただくこと、よりよい環境を求めて旅をすることは悪いことではないです。

自分の気持ちに正直に生きる、素晴らしいことです。

より良い自分の居場所を探すための、大きくも大変な素晴らしい一歩なのです。

 

転職歴7回の転職マスター(笑)わらしべナースはそう思います。

そんな体験から、悩める看護師さんの背中をそっと押して、明るい未来へ歩む一歩のお手伝いをしたいと思ったのです。

 

看護師の私

看護師を目指したきっかけ

私が看護師を目指したきっかけは、小さい頃は3世帯家族でした。一緒に住むおじーおばーが4人いて私達、孫5人をとても可愛がってくれました。私はおじーおばーが大好きだったので、子供心に「ずっとおじーおばーと一緒にいたい」と思いました。それを考えると、年寄りと一緒にいられる場所、そこが「病院」だったんです。

それが看護師を目指すきっかけでした。

 

看護学校進学塾へ通う

私は看護学校に行くために、高校生の頃、塾に通い始めました。塾ではある激ヤバ講師と出会いました。数学が何よりも苦手だった私は、勉強ができないと叩かれたり、鼻くそをつけられたりw親を呼び出されて、頭が悪いからお金をもっと払うようにいわれました。この塾の敷地内の販売機で買った飲み物以外飲んだらだめという決まりもあり、ブラック塾でした。親にも勉強ができないことを責められた私は、この頃蕁麻疹が出ていましたが、わからずに、ダニに噛まれたと思って毎日とても悩んでいました。

 

准看護学校から正看護学校へ

ブラック塾に通い、ようやく受かったのが沖縄で一つしかない准看護学校でした。私にとっては、大嫌いな塾を卒業できることが一番の喜びでした。

二年生の頃、病院で助手としてバイトを1年しました。

准看後学校卒業後は、県外の正看護学校へ進学しました。沖縄から出たくありませんでしたが、受験失敗したので、県外に出るしかありませんでした。

正看護学校では学校のすぐ近くで夜勤のバイトをしました。16時に学校が終わり、17時から1時まで夜勤のバイトでした。そこでは意地悪なナースがいて、恐怖でバイトの数を減らしてもらいました。1時にバイトが終わり、狭い小さな寮だったのでお風呂で順番待ちをし、テスト勉強をし、朝方4時に寝ることもありました。授業はだいたい寝ていました。

テストはいつも1回5000円払い追試でした。。。

 

疲れた

 

二年生になり、国家試験対策が始まるとすぐに担任に呼び出されました。クラスでまさかの最下位の成績でした。

自分ではまさかそこまで頭が悪いと思っていませんでした(笑)

先生に、

「あなたは他の人と同じように勉強しても、レベルが違うのよ!倍しなさい!」

「他の人にとっての勉強していないと、あなたの勉強していないの度合いが違うのよ」

と注意をされ、私にとってその言葉は衝撃的でした。とても悔しかった。

 

それから国家試験まで呼び出し組となり(笑)学校始まる前と後に先生の所にいって今日の勉強スケジュールや内容報告をしました。猛勉強をしてどんどんテストの点数が良くなり、勉強の楽しさを人生で初めて感じた貴重な経験でした。落ちこぼれの私が這い上がり、クラスで一目置かれる存在になりました。学校全体での看護研究もクラスで選ばれ発表しました。

 

無事、看護師国家試験に合格。あの喜びはいまでも忘れません。本当に嬉しかったです。

このときの担任にはとても感謝しています。

看護師の誕生

 

 

看護師としてスタート

でも看護師になってからが本当のスタートでした。

ある古い総合病院に就職。7連勤普通、すぐきれる医者、椅子をけとばし、紙カルテを叩きつける。ミスをなすりつけてくる信頼できない上司。いつも誰かの文句を言っている看護師たち。ひたすら長い申し送り。いつも誰かに文句を言われている気がする、自信がない、消えたい。毎日ビクビクして休みも仕事のことばかり考えて、眠れぬ日々。友達、家族、沖縄が恋しくて、平和な沖縄に帰りたくて、震えた。1年で退職。

師長には「あなたが次で働けなくしてやるから」と吐き捨てられました。その時は本当に未来が心配でしたが、あっさり転職できました。

 

沖縄の海

 

わらしべナースの思い

 

今は時短看護師として勤務しています。

家族のサポートと主人の理解もあり、看護師として働けていることが幸せです。

私はきっと、家事だけの専業主婦はできない性格のようです。

外で働くことで生活にメリハリもできて、早寝早起きが自然と気持ちよくできるようになっています。

これまでもいろんなバイトや職業に、寄り道したことがありますが。

看護師にまた戻ってきました。やはり、なんだかんだ言って落ち着くのです(*^^*)

 

看護師沖縄

(エビ反り坊やちゃん!可愛すぎる〜〜〜〜)

 

県外に出たことで、沖縄での生きやすさを内蔵レベルで深く実感しています(T_T)

人が温かい、優しい、てーげー(適当)、なんくるないさーが看護師をしていてもとても居心地がいいです。

私は、沖縄に戻ってきて、地元で看護師ができてとても幸せです。

なので、是非、多くの沖縄を知らない看護師さんたちにも一度沖縄にきてリフレッシュしてほしいです。せっかくの看護師という国家資格はどこでも働けるパスポートなので最大限に活用して、沖縄に遊びに来てほしいです。

沖縄の海

(親友と体験ダイビング、酸素が外れたら死ぬと思うと怖くて。固く手を繋いだ思い出)

 

 

だけど、忙しくただ過ぎていく毎日、「このまま病院と、家の往復で人生終わってしまうのかな」とふと恐怖に思うこともあります。看護師の仕事はずっと続けたい、でももっと自由に行きたい。

家族との時間も欲しい、自分の時間も欲しい、、、看護師としての自分の生き方を問う日々です。

約15年看護師をしてきて、悩み、辞めたいと思うことも山程ありましたが、なんだかんだ言っても、看護師の仕事が結局好きということにも気が付きました。

 

竹富島

 

いろんな病院を見てきて、今働いている所が、一番働きやすくて気に入っています。

ライフスタイルが変わったり、引っ越しのタイミングなどさまざまな理由で転職したけれど、どれもいい経験でした。

いろんな職場を見たから、今の職場が一番いいなと感じます。ほかを見ていなかったら、いろいろ文句を言っていたと思うけど、「こんなこともあるよね」「こういうやり方なのか、まあこんなもんか」と許容範囲が大きくなりました。

転職すると、悪い印象だと思っていたけど、私にとっては色々見て比べて、今が一番働きやすいと思える職場なので、転職はとてもいい経験でした。

私の経験が誰かの背中を押すきっかけになると嬉しいです。

 

 


 

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沖縄で働く看護師

(これは私が撮った写真ではないですが、沖縄の世界遺産の慶良間諸島に行くと、ウミガメに100%会えますよ。3回行って3回会えました。ウミガメすごく可愛かった〜〜)

 

 

 

 

 

 



看護師の私ではなくて、私という人間の一部が看護師です。

看護師という仕事は私を表現する一つです。

そういった表現が正しいと思います。

 

わらしべナースも自分がハッピーで、家族がハッピーになれる看護師としての生き方を、考えて、変化していきたいと思っています。

 

わらしべナースをどうぞよろしくおねがいします(^^)

 

コメント、ご意見募集しています。みなさんと一緒にこのHPを作りたいです。

わらしべナースの自己紹介お読みいただきありがとうございます。